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クリエイティブ・ユニットLENZのblogです。
LENZ
【テツガクしようぜ】「防災コピーライター」をとことん極める!(高階記)
2018年 10月 05日 (金) 08:41 | 編集
今年は自然災害が次から次に押し寄せてきて、生まれ育った故郷や縁のある土地をはじめ、知り合いが暮らす街など、各地の被害に胸を痛めています。お亡くなりになった方を悼み、災害に遭われた方の早い回復をお祈りします。

自分は、2011年以来、防災の仕事にずっと関わり続けています。防災士という資格を持っていることもあり、時には「防災コピーライター」などと呼ばれることもあり、今年の状況にいてもたってもいられない思いでいます。いまだ何の役にも立てていない、という思いでいっぱいなので。

ぼくには「ことば」しかないので、「ことばでできることを何でもしたい」と考えています。災害を未然に防ぐため、災害から自分や家族や町や生活を守るため、受けたダメージから立ち直るため、力になることばが必要な方、お声がけください。「防災に役立つ商品やサービスを開発するのでアイデアがほしい」なんて話も歓迎です。防災に関して、日本一ことばを提供している人になりたいのです。

   *

9月29日(土)、前回のメールでもご案内したソーシャルアクションラボシンポジウムが開催されました。「こどもをまもる いじめ編」と題して約半年間展開し、いじめのメカニズムや、解決への道筋が見えてきました。思い込みや感情論・根性論で語られがちだったいじめ問題を、単なる印象ではなくデータや調査の裏付けをもってどう解消すべきか、その具体策も浮かび上がってきました。大量の記事を読んでくださった方、シンポジウムにお運びいただいた方に感謝するとともに、ここからは実際にアクションを起こして「1ミリ、世界をいい方へ」動かしましょう、と呼びかけたいです。
 
ところで防災では

・予防:次の災害発生前のそなえ
・対応:災害発生時、直後の対処
・回復:復旧・復興のとりくみ

と、おおざっぱに3つのフェーズがあり、それぞれにすべきことがあります。いじめにおいてソーシャルアクションラボでは

・発見:いままさに起きているいじめの早期発見
・対処:発見したいじめへの適切な対応・ケア
・予防:これからいじめが発生しない、早期に解決するしくみ

の3つのフェーズに整理しましたが、背景には防災のフェーズの発想がありました。

考えてみれば、いじめもまた災害(人的災害)である、と言えるでしょう。言葉遊びめいて聞こえるかもしれませんが、同様に「貧困という災害」「暴力という災害」「テロや戦争という災害」へのとりくみにもこの発想は活かせるのではないかと感じています。

さらに広げてしまうと、会社なら「売り上げ・業績が伸びない」、個人なら「人間関係がうまくいかない」といったトラブルも「災害」とみなすことができそうです。その「災害」に適切に対応し、回復し、次なる災害を防ぐことで安定した成長や、幸せな毎日を得ることができるのではないでしょうか。

ぼくを「防災コピーライター」と呼んだ人は「自然災害」のことしか考えていなかったと思いますし、ぼくもそう思って聞いていました。でも、どうせならば、防災を通じて身につけた視点や洞察を、役に立つならば他の領域にも活かして行きたいと思います。「いじめ」とのとりくみについて一定の役割を果たしたように。

探せば「災害」は身の回りにたくさんあります。「お客さんが少ない」「知名度が低い」「ブランドが確立できない」「社員の定着率が低い」などなど。そんな「災害」のメカニズムを解明して、乗り越えることもお手伝いしたいです。

ちなみにぼくにとっての災害はいつも変わりません。「書く機会がなくなってしまうこと」です。ぼくを災害から救うためにも、気軽にお声がけください。ご相談無料!(笑)です。

mail: va7t-tksn@asahi-net.or.jp
探しているのは金のストーリーですか、銀のストーリーですか?(高階記)
2018年 08月 20日 (月) 13:29 | 編集
残暑お見舞い申し上げます。
ストーリーテラーの高階(LENZ LLC.)です。
 
このところ光の感じ、風の感じが「もう秋だな」と思わせるものがあります。
暦の上ではとっくに立秋を過ぎているので当たり前ともいえますが。
 
お盆を過ぎると、今年も終盤という気分になってきます。
1~4月が序盤、5~8月が中盤、9~12月が終盤とすれば、
少々気が早いですが、
終盤の4カ月をどう過ごそうかと頭が切り替わります。
そこで自分の尻を叩くためにもこうしてご挨拶申し上げます。
 
   *
 
必要している方に「ストーリー」を提供する。
 
これまでLENZでやってきたことはそれにつきるのですが、
今後、これをさらに推し進めていきたいと考えています。
必要としている方であれば、企業・個人・サークルなど問いません。
 
・「自分(たち)は何者か」という自己紹介が苦手
・製品やサービスの魅力をうまく伝えきれていない
・舞台・映像・ウェブ・広告・ゲームなど表現の設計図となるストーリー(シナリオ)が欲しい
 
など、思い当たるところがある方は、なんでもお題を投げかけてください。
 
イソップ童話に「金の斧」というのがあるのをご存知かと思います。
「あなたが落としたのは金の斧ですか? 銀の斧ですか?」という、例のアレです。
それにからめて言えば、
金のストーリーや銀のストーリーを求める方には残念ながらお役に立てません。
 
誠実に丁寧に仕事をしている人や企業は、
あるいは誠実で丁寧なものづくりで生まれた製品やサービスは、
そのままで語るべきことが十分にありますし、魅力的なストーリーを内包しています。
 
それをきちんと目に見えるところに引っ張り出し、
誰にでもわかる形に仕上げるお手伝いをいたします。
無駄に飾る必要なんて全くありません。
鉄の斧がどんなに素晴らしいかを伝えましょう。
気軽にお声がけください。「ご相談無料(笑)」です。
 
   *
 
以下、近況報告を。
森、食、防災、地域、教育、発達など引き続き取り組んでいますが、
目下の個人的な関心事は

「いじめ」と「ブロック塀」

です。できれば多くの方に関心を持っていただきたい話なのでご紹介します。

 
【1】「いじめ」について
 
お仕事で企画から関わっている、毎日新聞「ソーシャルアクションラボ」で、
ラボ開設時のテーマ「子どもをいじめから守る」に数ヶ月間どっぷり向き合ってきて、
コピーにも書いた通り「1ミリ、世界をいい方へ」動かしたいと強く願っています。
 
いじめは子どもたちに限らず、大人の社会を含めあらゆる場面で起きます。
セクハラやパワハラと同じく「非対称な力関係」の元に起こるハラスメントであり、
加害者は自分を正当化し、被害者は自分を責める「思考の誤作動」が起きています。
あらゆるハラスメントは同根なので、いじめやハラスメントを生み出す構造を
社会全体で変えることができれば、大きな解決に向かうものと確信しています。

ぜひ、知恵と行動でご協力ください。
ソーシャルアクションラボはこちら→https://socialaction.mainichi.jp
 
 
【2】「ブロック塀」について
 
ライフワーク的に取り組んでいる防災(天災・人災・戦災対象)ですが、
今後は自分の領域を一点に絞り込んで行こうと考えています。
それは

「人が災害を“わがこと”と捉えるにはどうすればいいのか」

というものです。大阪北部の地震では、
1978年の宮城県沖地震以来、ずっと指摘され続けた危険なブロック塀が、
日本の社会では40年間も放置され続けてきたことが判明しました。
なぜ私たちは40年間も解決に乗り出さなかったのでしょうか?
 
続くいくつかの災害では、警報(特別警報)や避難勧告や避難指示が出ましたが、
それを自分に関係ないと聞き流してしまった人が大勢犠牲になりました。
なぜ私たちは災害を自分の命に関わることだと思えないのでしょうか?
 
街から危険なブロック塀をなくす、ということは極めて具体的で、シンプルで明快です。
しかもそれは
・通学通園する児童や生徒を守る。
・同じ道を使う大人も守る。
・大災害時に道を塞ぐと避難できなくなる問題を解消する。
・同様に消防救急活動ができなくなる問題も解消する。
というように、地域全体にとって防災力を高めることにつながります。
 
街から危険なブロック塀をなくすことがきれば、次は
他にも危険なものはないかチェックし、しらみつぶしにしていけます。
その解決に関わった地域の人全員が災害を「わがこと」と捉えるようになります。
ブロック塀に限らず街全体が災害に備えられるきっかけになります。
 
そう考えてこんな取り組みも始めています。よろしければご覧ください。
●写メ(死語?)で危険ブロック塀ゼロ!の会
 https://www.facebook.com/groups/201813503982404/

 
   *
 
ストーリーを次から次に量産することに関しては、
600篇を超える「Sudden Fiction Project」の作品群をご覧いただいているみなさんは
よくご存知だと思います。知らない方のためにリンクを。
 
【第6期】SFPエッセイINDEX【ほぼ完走】
 https://www.facebook.com/notes/sudden-fiction-project/774326285948847

※「Sudden Fiction Project」は、オンラインで公開し続けている高階の個人企画。最近は「虚構エッセイ」スタイルで200篇超を公開中。
 
こちらは「お題は頂戴してもお代は頂戴しない」方式で
コツコツたぶん死ぬまでやっています。
おヒマな時にでもご笑覧いただければ幸いです。
  
それでは気軽なご相談、お待ちしております(いつも長ったらしくてすみません)。
【朗読をテツガクする1801/一人カラオケの罠】
2018年 08月 14日 (火) 10:00 | 編集
今年も草加市での朗読のワークショップが始まった(歌とダンスのファンタジーX。2019年1月27日本番)。去年もそうだったけれど、この期間、朗読について、あるいは身体を使って表現することについてあれこれ考える。なので2018年のシリーズの第1回ということで1801と題して書く。今後1802、1803と増えるが1899までいくことはあるまい。
 
   *
 
今日は「一人カラオケ」というキーワードで書く。
 
一人カラオケは、カラオケボックスに一人で入って歌うことだ。目的はいろいろで、ぱっと思いつくだけで、順番待ちなしで次から次へと時間内ノンストップで歌い続けたい人、他人の目を気にせず大声を出してストレスを発散したい人、次に人前で聞かせる課題曲をマスターするため自主練したい人などがいる。
 
目的を別にすると、共通点は聞き手がいないことがあげられる。リアルタイムでその歌声を聴いて反応する人がいない。その結果、聞き手の反応も存在しないし、聞き手の反応を感じて歌い方に影響が出るということもない。一人カラオケは自己完結が特徴なのだ。
 
朗読ワークショップについて言うと、参加する人の意識はそれぞれで、人前に立って何か演じたりするのが好きという人もいれば、声に出して読み聞かせるという行為が好きという人もいる。澱みなくスラスラと適度な抑揚をつけてはっきりと聞き取りやすい声で喋れるようになりたいという動機の人もいるだろう。
 
「澱みなくスラスラと適度な抑揚をつけてはっきりと聞き取りやすい声で喋れるようになる」ということは、朗読をする上でとても大事なことでもあるけれど、これは手段であって目的ではない。「澱みなくスラスラと適度な抑揚をつけてはっきりと聞き取りやすい声で喋る」ところまでで止まってしまうと「一人カラオケ」になってしまう。
 
決して、一人カラオケがいけない、と言うつもりはない。歌と同様、聞き手がいようがいまいが、とにかく声に出して読むことが好きという人や、大きな声でがんがん読み飛ばすことがストレス発散になるという人がいてもいいと思う。でもそれは「歌とダンスのファンタジー(略称:歌ダン)」というプロジェクトが求めることではない。
 
「澱みなくスラスラと適度な抑揚をつけてはっきりと聞き取りやすい声で喋る」ことができるようになったら、その先には共演者と一緒に場面をつくるというプロセスがあるし、衣装を身につけ舞台美術の空間に身を置き、立ち位置やマイクの使い方も覚えて、照明を浴びて音楽や音響効果ときっかけを合わせるというようなプロセスもあるが、それもこれも全部目的ではなく手段だ。
 
目的は、本番を観に来る1000人近い観客にものがたりを届け、ただ単にすじがきを理解させるだけではなく、笑ったりほろりとしたり、ドキドキハラハラしたり、ほっこりなごんだり、印象に残るひとことを持ち帰ったり、要するに、実際にそこにいる人の心や体に何らかの反応を引き起こすことなのだ。願うらくは演出家が意図したとおりの反応を。そうでなければ演出家が意図した以上の反応を。
 
ここに書いた「目的」は、朗読に限らず、演劇でも、演奏でも、ダンスでも共通のことだが、つまり言いたいのは「一人カラオケではない」ということだ。理由はよくわからないが人はしばしば「一人カラオケの罠」的な方向に踏み込んでしまいがちだ。
 
それはたぶん、ワークショップの課題が個人のスキルを磨く方向に特化しているように受け取られがちだからだろう。そこは場を提供する側の責任が大きい。場をファシリテートする側が、その「罠」について十分に配慮して「誰かの心や体を動かすためにやっている」ということを忘れないようなメニューをつくる必要がある。単純に言えば「他の人が朗読しているときは聞き手になる」という場をつくることなのだが。
 
   *
 
書いているうちにいろいろ書きたいことが出てきた。昨年書いたこととも重複するだろうが、頭の整理を兼ねて続けて書こう。昨年の初日から言い続けている「3つの基本」のことや、その3つそれぞれに関する詳細な解説なども。
【テツガクしようぜ】⑥「こどもをまもる」のココロ(高階記)
2018年 06月 13日 (水) 13:44 | 編集

こどもをまもるのココロ のコピー
ソーシャルアクションラボ(https://socialaction.mainichi.jp)は、文字通り社会課題ならなんでも扱うラボ(研究所)だと考えている。当然のことながら最初に提案した時点では「防災」を是非入れたいと考えていた。あとその企画をしていた時点では北朝鮮のミサイルがホットな話題だったので、「戦争」も解決の対象だった(ほんの9ヶ月ほどで何という変化!)。「難病」というのも案として出ていた。侃々諤々の議論を経てたどりついたのが「こどもをまもる」だった。
 
これには、個人的に思い入れがある。そのことを書く。
 
文字面だけ眺めると「こどもをまもる」というのは、守られる子どもと、そういう子どもを持つ親にしか関係ないことのように見えてしまう。でも本当はそんな狭い話ではない。未来に向けて社会を根底からごろっと変えてしまうマジックワードなのだ。
 
(1)「こどもをまもる」が実現した未来からの逆算
「こどもをまもる」ということが達成された未来のことを想像してみよう。そこでは子どもたちは殺されないし、身体的にも、精神的にも、性的にも虐待されないし、いじめられることもない。天災でも人災でも戦災でも死んだり傷ついたりすることがない。貧困で学習や挑戦のチャンスを奪われることもないし、性別や外見や信仰や性同一性や心身の障碍や発達の特徴によって差別されることもない。
 
そういう状態を実現するためには何が必要かを考えると、大人たちがそのような社会を実現し、子どもたちにその価値をおすそわけしているということだ。
 
その社会では、大人たちもまた、身体的にも、精神的にも、性的にも虐待されないし、いじめられることもない。それは、ありとあらゆるハラスメントが起こらない社会だということを意味する。
 
その社会では、大人たちもまた、天災でも人災でも戦災でも死んだり傷ついたりすることもない。それは、天災への備えがハードウェアでもソフトウェアでもヒューマンウェアでも徹底しているということを意味する。
 
その社会では、貧困で学習や挑戦のチャンスを奪われることもない。本人が望めばいくらでも知識や技術を身につけていくことができるし、本人がそうしたいと思ったら未解決の課題に取り組んで解決していることができる体制があることを意味する。
 
その社会では、性別や外見や信仰や言語や思想や嗜好や性同一性や心身の障碍や発達の特徴によって差別されることもない。それは多様であることは当たり前の前提であって数や力が優勢なものに無理に合わせる必要がないということを意味する。
 
で、そういう社会であって困る人はいますか? いませんよね? だったら今すぐ実現しようよ、ということなのだけれど、2018年6月13日現在と、その未来社会の間には、残念ながら大きな隔たりがある。これは現実。そこで今度は未来に向けて考える。
 
(2)未来に向けて「こどもをまもる」
今、ここから始められることは何か。「こどもをまもる」ためにできることは何か。どこから手をつければいいのか。上に書いたような未来と現実との間にはあまりにも大きなギャップがあるので、ついつい無力感を覚えてしまうほどだ。でも、これまでも人類の歴史がそうだったように、社会全体の価値観は変えられるものだし、社会のシステムだって変えられるものだ。ぼくらはそっちに向けて進むと腹を決めて、進むのみだ。
 
ここで残念なお知らせが一つ。

大人はすぐには変われない。いま平気で無自覚にハラスメントを行う大人や、災害に対して他人事の大人や、人災や戦災の原因をつくってる大人や、経済格差で他人を支配する大人や、人にランク付けをして差別をするような大人は変わるのが非常に難しい。彼らは、未来に向けて滅んでいく運命にあり、たとえ生き延びたとしても哀れな存在として扱われるような人々だが、今現在は強者として振舞っていて、その立場にしがみつく。だから今すぐはいなくならない。出回ってしまった古いOSは出来が悪くてもなかなかなくなってくれないのだ。
 
だとすれば、できるのは、未来社会の担い手となる子どもたちに向けて、その社会にふさわしい大人に育つような環境を確保することだ。上に書いたような未来を信じる大人たちが、「未来人の卵」を大事に育て、ハラスメントや権力欲や差別に身を堕とさないように導くことだ。
 
もしもどこかの学びの場で(あえて「学校」とは言わない)それを実現できたなら、子どもを持つ保護者はそこに通わせたいと考えるだろう。もしもどこかの街でそれを実現できたなら子育てをする家族はその街に集まってくるだろう。そして子どもたちを通じて、その保護者たちの価値観に変化が起きることも期待したい。古いOSから新しいOSへとインストールされ直すのだ。
 
もしもどこかの自治体が「世界一こどもをまもる!まち宣言」をして、説得力のある制度の改良を進め、実績を上げることができたら、まずそこに人々が流入するようになり、それがモデルとして確立されれば、同様な仕組みを導入する自治体が増えていくだろう。そのような自治体がどんどん増えていけば、やがては日本という国全体にその価値観が広まることを期待したい。
 
最初は確かに、守られる子どもと、そういう子どもを持つ親だけが当事者に見える。でも、その段階ですでに「こどもをまもる」が実現した未来を志向する大人たちが何人もいて、その状態を支えていることを忘れてはいけない。やがてその実践は人々の関心を惹きつけ、より多くの子どもとその家族を引き寄せ、人々が集まるようになってくる。さらには、その評判を受けて方々で同じような取り組みが行われるようになり、その結果、同じ未来を志向する人々の数が指数関数的に増えていくことになる。「こどもをまもる」に取り組めば、「人々を引き寄せ集める」ことにつながり、そのまま「理想的な未来を作る」ことへと流れ込んでいく。
 
昨年の秋、ぼくはそんなことを一所懸命考えていた。1ミリ、世界をいい方へ動かす第一歩として、これほど適したテーマはないだろう、と。
 
   *
  
余談だが、内田善美という漫画家がいて(どのくらいの知名度があるのかわからない。ご存知ですか?)、ある作品中に「子どもは未来からやってきた客人だ。だから大切にもてなして未来に返さなければならない」というような趣旨のフレーズが出てきた。読んだのはもう30年以上前のことだが、この言葉がずっと残っている。たぶんぼく自身が子育てをしていたとき考えていたことの背景にもこの言葉があったと思っている。いまは「未来人」たちに誇れる世界だろうか? そうでないならば、何をどう変えていくべきだろう?
【テツガクしようぜ】⑤満1カ月のソーシャルアクションラボについて、とことん語る (高階記)
2018年 05月 15日 (火) 13:55 | 編集
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ソーシャルアクションラボ(social action lab)のオープンが4月16日。今日で丸1カ月、明日から2カ月目、ということになる。毎日新聞の記者さんたちが短期間に良記事をどんどん仕上げてアップして大変読み応えのあるサイトが出現した。インタビュー記事だけで、芥川賞作家の諏訪哲史さん、尾木ママこと尾木直樹さん(なんと全3回)、作家・辻村深月さん(本屋大賞のタイミングで!)、社会学者・内藤朝雄さん、寄稿では池上彰さん、評論家の荻上チキさん、いじめなどを扱うNPOの代表の小森美登里さん、精神科医・斎藤環さん、ラジオDJ山本シュウさんと錚々たる顔ぶれ。
 
著名人が並べばいいってものではなく、現役の教師、さいたま市の元教育長、そしていままさに子どもを学校に通わせている保護者、さらには毎日小学生新聞に寄せられた子どもたちのメッセージなど、「いじめが発生している・するかもしれない現場」のことばもずらりと並んでいる。従来メディアでいじめは「自殺」などの重大問題が起きた時にしか取り上げられず、事件でも事故でもない学校の空気感が伝わってくることがなかった。この「いままさにそこで日々過ごす人たち」の声というのがすごく貴重だということを感じている。
 
そして国内外でのさまざまな取り組みの事例も増えてきている。
 
ここで、ソーシャルアクションラボはそろそろ本来の目的に向けて動き出さねばならないと感じている。ソーシャルアクションラボでは当初から「実際にアクションが起きる」ということを最も重視して企画を進めてきた。読んで「ああ、いい記事だった。参考になった」というのも悪くはないのだけれど、そこで終わってしまうと世界は少しも変わらない。誰かがアクションを起こさなければ世界は記事を読む前と同じままだ。
 
そのアクションは派手なものである必要はない。ごくごく小さなものでいい。でも同じ方向を向く人が何かのアクションを起こせば、それはだんだん目に見えるものになり、世の中からも無視できない動きになり、やがては(たった1ミリでかまわないから)世界を動かすはず。それが出発点にある。
 
いじめを止めるためにスクールカウンセラーになるとか、いじめ相談をうけつけるNPOで働き始めるとか、いい活動をしている団体に寄付をするとか、そういう時間とお金と労力と知恵を全部投入するようなアクションも尊いけれど、それができるのはごく一握りの人でしかない。でもたとえば「いじめ」という問題を考えたり、薄くでもいいので関わったりしたい気持ちを持つ人はもっとたくさんいるはずだ。
 
ぼくがこのプロジェクトの最初から願っているのは、もっとささやかでいいので、もっとずっとたくさんの人が「いじめのことを気にしているわたしがここにいる」と存在を示してくれたらということだ。心打たれる記事を読んで「ねえ、このこと知ってた? どうにかならないかな」と記事をSNSでシェアしたり、よい記事へのリスペクトの気持ちを「注目」ボタンで示したり、ちょっと勇気はいるけど、一歩踏み込んで記事のコメント欄に感想や、質問や、異論反論を書き込んだり。そんなことが起きて欲しいと願って企画してきた。
 
というわけで、ぼくとつながっている全ての人にお願いです。「いいよ。そういうことならどんどん参加してやるよ」という方はぜひソーシャルアクションラボのサイトで「注目」ボタンを押したり「コメント」を書き込んだり、「投票」に参加したりしてください(投票結果などがデタラメにならないように登録が必要です。無料でも有料でも登録できます。ひと手間おつきあいください)。
 
よくわからないところに書き込むのは勇気がいるという方は、記事をFacebookにシェアしたり、Twitterにツイートしたり、あるいはぼく個人宛でいいので、「こうするともっと広がるんじゃない?」「この辺が書き込みにくいけどなんとかならない?」「積極的に参加してくれそうな人を紹介してあげよう」なんてアドバイスをいただけると、できるだけサイトに反映していきたいと思います。

満1カ月、生まれたてのサイトですが、大事に大事に育てていきたいです。ぼくは大真面目に「1ミリ、世界をいい方へ」動かしたいと考えていますし、このサイトがその手がかりになることを心から願っています。どうかみなさんの力をお貸しください。
 
ぼくが大好きな記事をペタリ

●「いじめる子にやさしくする」NPOジェントルハートプロジェクト 小森美登里さん
https://socialaction.mainichi.jp/cards/1/36
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