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ソーシャル!ソーシャル!ソーシャル!(1) (高階)
2011年 02月 20日 (日) 12:33 | 編集
以前から「ソーシャル」というキーワードをめぐって書きたいことがあったのだが、なかなかまとまらず放置してきた。以前に書いた「2010年は大転換点となる」という話の骨子だったんだが、もう2011年になってしまったから(笑)、いまさらぼくがごちゃごちゃ言うまでもない。

とはいえ、自分の頭を整理するためにもちょっとずつ書き留めておいた方が良さそうだと、いまさらながら気がついた。なので、あまりだらしなく長くならないように、短めに、コンパクトに、でも頻度高く更新して、頭を整理して行きたい。

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ついさっき『フェイスブック 若き天才の野望(The facebook Effect)』(デビッド・カークパトリック/日経BP社)を読み終えたところで、いろんなことが急に非常に良く見えてきた感じがしている。個人的にはこの本は「いま読んで良かった一冊」である。

いま世界でネットを中心にして起こっている大潮流は、マスコミでも部分的に垣間見ることができる。それは世界のあちこちで噴出する断片的な事件のように見えている。たとえばこんな感じだ。「フェイスブックって若造が始めた会社がすごい成長しているらしい」とか「フェイスブックはもう古くて、これからはツイッターらしい」とか「いや。とんでもない。その逆だ」とか「チュニジアやエジプトの民主化運動にその辺の何かが一役買ったらしい」とか「ウィキリークスってお騒がせなハッカー集団が何だか暴露しまくってるらしい」とか。

これらはつきつめていえば、みんなある意味同じひとつの現象が、場所によって違う姿を現しているだけとも言えるのだが、ほとんどの人にとってひとつひとつがバラバラに見えている。いわゆる「群盲象を撫でる」状態だといってもいい。

ところが一方で、それとはちょうど逆のような問題も起こっている。別々な現象に対して、たまたま同じ言葉が流行りのキーワード的に使われているために、なにやら不毛な混乱が生じているのだ。ここでとりあげる「ソーシャル」という言葉がそれだ。

ソーシャル(social)という単語自体は別に新しい単語ではない。昔からある。人間は社会的動物であるというような時にも使う。1世紀前あたりならsocialism(社会主義)のニュアンスが強くついていたことだろう。でもここで取り上げるのはもっと最近の用法だ。

ごく簡単に言うとまず大きく分けて2つある。流行語に(いまさら)なりつつある「ソーシャルネットワーク」などで見かける使い方と、社会起業家の話をする時に出て来る「ソーシャルビジネス」という使い方。前者はインターネットに関連した比較的新しい用法だし、後者は「社会的な価値を持つ」という、どちらかというと昔ながらの用法と言っていい。

ところが最近になって、ネットの「ソーシャル」にも大きく2つのニュアンスがあることが見えてきた。一つはYouTubeやニコニコ動画に代表されるような、ユーザーが誰でもコンテンツをアップして、そのコンテンツに対して誰でも好きなコメントをつけたりタグ付けをしたりできる「ソーシャルメディア」というニュアンス。参加者は基本的に実生活と切り離されているという意味で匿名性が高く、日本のネットで広まりつつあった「ソーシャル」は、ブログも、mixiのようなSNSも、これが中心だったと言えるだろう。

フェイスブックは実名主義を貫き、「アイデンティティーはひとつだけ」という透明性こそがあるべき姿だという徹底したポリシーの元に成功を収め、ある意味ユーザーに決断を迫りながら6億人という「大国」にのしあがった。フェイスブックで育った人にとっては、ソーシャルネットワークとは「実生活の知り合いを中心にその関係を強化するネットワーク」を意味している。これはつまり「フェイスブック・ネイティブ」の文化なのだ。匿名主義が推奨されている日本ではまだなじみがないが、いま世界を席巻している流れはこちらにある。

さて。さてさて。長くなってしまった。今日はここまで。では何でもまたこれらの「ソーシャル」についてうだうだ書いたのかと言うと、実はその全部(2つないしは3つのソーシャル全部)が、いまぼくが深い関心を持って取り組んでいる仕事テーマに関わっているからだ。そして、その「ズレと一致」をうまく整理していくことで、とても面白い変化を引き起こせそうな予感があるからだ。

これからシリーズで整理していくとしよう。第1回はこれにて終了。
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