クリエイティブ・ユニットLENZのblogです。
LENZ
謹賀新年2015「チョロい感じで参ります」(高階記)
2015年 01月 02日 (金) 23:30 | 編集
あけましておめでとうございます。
 
今年もLENZをよろしくお願いいたします。

 
LENZの結成は2003年なので干支がぐるりと一周したことになります。LENZは未年生まれだったんですね(LLCの設立は2011年ですが、クリエイティブ・ユニットLENZはもう12年になります)。
 
2015年はチョロい感じでいこうかと考えています。
漢字で書くと「長老(ちょろ)い」となります。

辞書で「ちょろい」を引くと、「考え方などが安易だ。浅薄だ。甘っちょろい。」とか「容易だ。簡単だ。」とか「取るに足りない。つまらない。」などと書いてあってあまりいい印象はないのだけれど、漢字で「長老」をあててみると「長老い」となって、ありがたいのかふざけているのかよくわからなくなります。このよくわからない感じで行きたいのです。
 
2014年に、個人的には非常に重要だと感じたキーワードに「長老(elders)/エルダーシップ」というものがあります。これは「指導者(leader)/リーダーシップ」と対をなす概念で、詳しくはリンク先で読んでいただくとして、リーダーシップの行き詰まりを乗り越える人物像や、振る舞い方として大変魅力的なのです。
 
【参考リンク】指導者(リーダー:leader)と長老(エルダー:elder)の違いについて/『紛争の心理学』(A・ミンデル・講談社現代新書)より
 
ただ、「エルダー」とか「エルダーシップ」はなじみのない言葉ですし、日本語にした時の「長老」という響きにも権威主義的な印象や、さもなければ隠居でもしてそうな高齢者感が漂っていて、あまりしっくりきません。「顔役」とか「頭(かしら)」なんて言葉も考えましたがこれもちょっと違います。伝法で切った張ったの荒っぽい世界を想像させます。
 
ぼくが「エルダーシップ」の話を聞いていいなと感じたのは(あくまでも個人的にですが)、子どもだって条件がそろえば「エルダー」の役割を果たすことがある、という点です。激しく罵り合う両親に向かって小さな子どもが放つ一言が大人の対立構造を変化させることがありますが、その時その幼子はエルダーなのです。
 
年齢も肩書きも関係ない。よく聞く耳を持ち、予断も偏見もなく、トラブルメーカーや独裁者も含めたすべてから常に学ぼうとし、無理に導こうとせず、場の流れを大切にできれば、誰だって(ぼくもあなたも)今すぐにだって「エルダー」になれる。それがエルダーに惹かれる点です。もちろん「リーダーシップ」も重要だけれど、いまやそこに限界や綻びがあるのは明白で、それを補完する存在が必要です。本来、「エルダー」と「リーダー」の両者がそろってバランスが取れるのではないかと感じるわけです。
 
LENZとして、あるいは高階個人としてめざすのは「エルダー」なんですが、できれば「長老」のイメージにはしたくない。でも「顔役・頭」も違う。そこであくまでおふざけの言葉遊びとして思いついたのが「長老い(ちょろい)」というわけ。「リーダシップが行き詰まったらチョロくいこう!」というスタンスです。
 
チャラ男なんて言葉があるので、チョロ男をめざしてもいい。これが実際の仕事の現場でどう働いてくれるのか未知数ではありますが、考えてみればぼくが関わるクリエイティブ・ミーティングの現場はすでにだいたいこの「チョロさ」が基調になっているような気もします。誰がぐいぐい引っ張るのでなくても場が動いて思いがけない展開が訪れる。そんな現場を昨年は多く体験できました。それを踏まえて2015年は、いよいよ意識的にチョロい方法論を試す年になりそうです。
 
ナンノコッチャのご挨拶ですが、ご興味のある方はお声がけください。経年劣化した「20世紀頭」を拭い去る「チョロさ」のすごみを体験していただけると思いますので。
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