FC2ブログ
クリエイティブ・ユニットLENZのblogです。
LENZ
【ちょろてつ(未来編)/ゲタなしの世界への転換】(高階記)
2019年 07月 14日 (日) 09:53 | 編集
ゲタを履かせてもらっている人々というのがいて、えてして本人はゲタを履かせてもらっていることに全く気づかない。ゲタなしで生きる人々がかかえる怒りや悲しみにも気づけない。男女不平等問題における「男」はその典型だ。
 
医学部の入試での不平等な選考のようにあからさまな事例だけでなく、ここ数回の『いだてん』で描かれた女子スポーツ黎明期の話なども例として非常にわかりやすい。「女が足を見せるなど言語道断」という無茶なタイプのものから「身体の構造上、女性は競技スポーツに向いていない」という一見気を使った風のタイプのものまで、装いはいろいろだが、要するに「女はオリンピックに出るな」という結論において同類だ。
 
ここで大事なのは「すでにオリンピック出場が決まっている男たちはゲタを履かせてもらっていることに気づきもしない」ということだ。『いだてん』ではそんなエピソードはなかったけれど、もしも実力のある女子選手が選ばれることによって自分の出番がなくなりそうになったら、その男子選手は自分の出る権利が奪われると抗議しただろうということは想像に難くない。その権利がそもそもゲタを履かせてもらって手に入れたものだということに思い至りもせずに。
 
上野千鶴子が東大の入学式祝辞で「女子大生の置かれている現実」を指摘したのはもちろんのこと、後半で男女問わず全ての入学生に対して「恵まれた環境と恵まれた能力」について言及し「あなたがたの努力の成果ではなく、環境のおかげだった」と語ったのも「そのこと自体はあなたたちの責任ではないけれど、あなたたちはゲタを履かせてもらっているんだよ」と指摘していたとも言える。
 
いま日本は多くの先進国と同様に金持ちを優遇し、弱者を切り捨てる方向に突き進んでいる。そしてここが肝心なのだが、恵まれた状況にある人は自分がゲタを履かせてもらっていることに気づくことができない。気づくことができない人の代表が国会議員になって大臣になって首相になって思うままに発言すると暴言になる。有権者が騒ぐから謝ってみせるけれど、本心では「みんなそう思ってるんだろう?」くらいに考えている。本人たちはどこが暴言なのか本当のところは決して全くもってわかっていない。
 
今まで声を上げるチャンスも場も得られなかった人が表に出て、国政の場に出るようになるというアイデアは素晴らしいと思う。女性議員には増えて欲しいし、世界の片隅に追いやられて沈黙を強いられてきた人たちにも議員になって欲しいし、本当に屈辱的な貧困にあえいできた人たちこそを自分たちの代表として選ぶというのはよい流れだ。そういう候補者を意図的に集めたれいわ新選組はそのあたりの機微をよくわかっている。ちなみにゲタを履かせてもらっている人たちは、その機微に気づくことすらできないだろう。
 
他の政党や政治団体であっても、できれば「ゲタなし」側の代表が多く選ばれる選挙になって欲しいと心から願う。ぼくにとっての参院選の大事なポイントはそこかな。本当の意味で未来につながるのは「ゲタなしの世界への転換」だ。
copyright (C) LENZ all rights reserved.
designed by polepole...