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【50年かかった】 (高階記)
2013年 05月 16日 (木) 01:15 | 編集
私事ながら50歳になった。
生まれてから満50年。半世紀が経ったということだ。
近年関わったいくつかのプロジェクトについて「ライフワークだ」と感じるものがある。仕事やプロジェクトの名前でいうと
●私の森.jp
●創健社
●もしゆれ
●鎌倉INFO
●Next Generation
●自閉症スペクトラム
という具合。

森。食。防災。地域。教育。発達。バラバラに見える。ぼくが見たってバラバラに見える。さらにここに加えて、始まったばかりのプロジェクトでまだわからないけれど、さらに一つ、二つ、ここに加わりそうなものがある。一つは睡眠で、一つは住宅だ。

ところが不思議なことにぼく自身の中ではこれらがバラバラではないように感じている。すごく大きくいえば全て「未来」のことなのだ。現在はそれぞれにいろんな問題を抱えていて、でもどのプロジェクトもそれをつきつめれば未来に向けてどう解決して行けばいいのか、その手がかりが見えるものなのだ。

森のことを考えると、20世紀の日本人が何を見失いかけていたかがわかるし、これから何を大事にすべきかが浮かび上がってくる。食も同じだ。経済効率、時間効率を追求した結果何を損なってしまったのか、そして何を再評価すべきなのか、それが問われている。防災もまたしかり。20世紀にもてはやされた価値観にとらわれた「20世紀アタマ」は、個々人の中の生き延びる力を見失わせてしまった。防災を考えると個人の姿勢や態度に立ち返って来るものがある。地域と教育と発達については模索中だが恐らく他のテーマと連動する部分が出てくる。「20世紀アタマ」では正しかったことが通用しなくなり、新たなやり方が必要になってきている。そしてそれは、「20世紀アタマ」的な表面的で薄っぺらなものではなく、ある意味すごくベーシックで本質的なところに根ざしたやり方だ。

全て「未来」のことだ、と書いたけれど、もっと身も蓋もないくらい素朴な言い方をすれば「姿勢」のことだと言ってもいい。3カ月ごとの収支を基準に全てを判断する世界から逃れて、少なくとも一世代先を(できれば二、三世代先を)我がこととして思い描ける力を身につけてものごとを判断する姿勢。どこかの誰かが決めた常識や標準などの固定した基準に振り回される世界から逃れて、今目の前にある事態を少しでもマシにするために常にリデザインを繰り返し不断に変化し続けようとする姿勢。

どのテーマにも共通しているのはそういうことだ。世界は今(いや、「日本は今」くらいにしておこうか、それとも「ぼくの身近な世間は今」くらいにとどめておこうか)はきわどいバランスでどちらにでも行ける状態にある。今目の前にある状態が好ましくないことは大多数の人が認識していて、どうにか変えなければならないと感じている。そしてかなり多くの人は「20世紀アタマ」の世界に戻ることがいいことだと思っている。そしてやはりかなり多くの人が、これまでとは違う姿勢を身につけた未来を志向している。

ぼくは後者だ。かろうじて形をとどめている「20世紀アタマ」の世界をぬぐい去って、新たな姿勢を身につける新たな世界をつくることに関わろうとしている。森も食も防災も地域も教育も発達もそのための重要な手がかりだと直感している。だから、一見バラバラに見えるこれらのテーマが、ぼくの中ではどんどん一つに結びついている実感がある。ライフワーク的なテーマを見つけるのに50年かかった。スローラーナーにも程がある。でもまあ、そういう人間がいたっていいじゃないか。このことについて、これからしばらく掘り下げてみたい。これはぼくにとって次の50年、次なる半世紀をどう過ごしていくかという方針を定める作業にもなるはずだから。
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