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【時間の不思議】
2015年 08月 14日 (金) 22:22 | 編集
昨年(2014年)末から、ふと思い立って「人からもらったお題をタイトルにつけた虚構エッセイを書く」ということをやっている。つい先日そんなお題の一つ【時間の不思議】で短いお話を一編書いた。
 
書き上げてからじわじわと、これは今、2015年の8月に書くべくして書いた作品だと、書かずにはいられなかった作品だと感じ、できるだけ広く多くの人の目に止まることを願って、LENZブログにも転載することにした。読んで、感想などお聞かせください。あまりこういうことは言いませんが、自信作です。
 
 
==========
 
【時間の不思議】SFPエッセイ075
 
 まだ少年の頃、私はこの国を訪れることが夢でした。なぜか。チクワブーに会いたかったからです。
 
 と、言ってもいまチクワブーのことをご存知の方はほとんどいないでしょう。チクワブーは2000年代初頭に、この国で放映されたアニメのヒロインです。彼女は無数に存在する平行世界を漂流し続ける少女です。彼女が漂流するのは平和な世界の場合もあれば、戦乱状態の世界の場合もあります。逆に、たくさんある平行世界の中の一つの側から見ると、彼女は他の世界からの人格と入れ替わるたびに経験や性格もころころ変わってしまうことになります。
 
 この作品の中では、主に一つの世界が舞台となります。平和な世界です。当時の日本とよく似た豊かな世界です。物語は、チクワブーとその同級生たち、合わせて7人がメインキャストの群像劇といった体裁をとっています。彼らの高校2年の秋学期の初めに漂流してきた、とあるチクワブーをめぐる騒動を描いています。これまでも何度も性格がころころ変わってきたチクワブーは、人格破綻者と思われ、変わり者とみなされてしまっています。ただしこういった設定は最初は何も明かされません。なぜ彼女が性格破綻者と思われているのか、その真相は回を追って徐々に明かされていきます。
 
 私はそのアニメ作品を、日本より何年か遅れて自分の国で見ました。そして恋に落ちました。もちろん、チクワブーとです。そのアニメ、『いつか聞いたフレーズを君はもう忘れたのか。』というアニメを覚えている人が今この国にどのくらいいるのか、そもそもこの国ではどれくらいヒットしたのか、私には見当がつきません。『ドラえもん』、『鉄腕アトム』、『キャプテン翼』などは私の親の世代も見ていたくらい世界的な人気だったようですが。今のこの国にアニメに興味を持っている人がどれくらいいるのかもわかりませんしね。
 
 私がそのアニメに夢中になっていた頃に知り合った、とある日本人が──それがいま西の人か、東の人かはわかりませんが──若い頃に『いつか聞いたフレーズを君はもう忘れたのか。』の大ファンだったと話してくれ、ファンはそのアニメを「いつフレ」と呼んでいたと教えてくれました。そして「聖地巡礼」についても教えてくれました。作品の舞台にはモデルがあり、それは当時の日本の首都・東京からほど遠からぬ地方都市で、ファンはその町を訪れアニメの背景に描かれた場所を巡るのだというのです。
 
 それを「聖地巡礼」と呼ぶのだ、と彼は笑いながら話してくれました。私たちの宗教で一生のうちに一度は聖地を訪れようとしていることに比べると、それはずいぶん軽く、ふざけたもののようにも感じました。私たちの神に対する冒涜ではないかとも感じました。けれど、まだ子供だった私は、こっそりと心の中で考えました。自分もいつか「聖地巡礼」をしてみたいと。そうすれば、ひょっとしたらチクワブーのような女の子に会えるのではないかと。
 
 やがて私の国で内戦が始まり、恐ろしい虐殺が始まりました。
 
 子供の頃から親しくしていた人々が、ある日いきなり敵になりました。互いに殺し合い、あるいは痛めつけ、なぶりものにするという、信じられないようなことが、実際に、私自身の目の前で、何度も何度も繰り返されました。私も人を殺しました。かつて友人だった人も殺しました。その家族も殺しました。私自身の家族や親戚も口にはできないようなひどいことをされ、命を落としました。やがて外国から軍隊がやってきました。多国籍の軍隊で、国連の決議の元に、私たちの国の混乱をおさめ、平和を取り戻すためにきたと言いました。私たちはそれを信じました。日本からは国防軍がやってきました。私は「いつフレ」の国の軍隊を見て親近感を覚えました。
 
 そして、あの事件が起きました。
 
 国連軍の偏った武装解除のため、私たちの部族は極めて危険な状態に追い込まれていました。夜毎に首をかき切られて死ぬ者が後を絶たなくなり、ある日その不公平を正すために国連軍の基地に向けて集まりました。陳情しに行ったのです。その時たまたま、日本の最新鋭戦車が国連軍の敷地に入ろうと向かっているところでした。基地の門は閉ざされ、街中にたった一台取り残された戦車の周りを私たちが取り囲む形になりました。私たちの目的は国連の基地でした。だから戦車に背を向け、基地へと進んでいました。
 
 きっかけが何だったのかは今もわかりません。日本軍が最初に発砲したのだとも、私たちの側の誰かが爆発物を投げたのだとも言われています。とにかく虐殺が始まりました。いきなり後ろから撃ち倒され私たちは逆上しました。勝てるはずもないのに戦車に挑みかかりました。私たちは国連の基地と戦車に挟み込まれているのですから、もちろん勝てるわけがありません。けれども国連に対して憤っていた人々があちこちから駆けつけ、さらには対立する部族も入り乱れ、基地の前の戦闘は実に5、6時間続きました。
 
 死んだのは大多数が民間人で、それも陳情に訪れた者たちでした。正確な数はわかりませんが、400人から500人が命を落としました。データでみると怪我人の数が少ないのは、怪我人はその場で確実に射殺されたからです。父は最初の射撃で即死しました。全身が見たこともないほど激しく痙攣し続けやがて動かなくなりました。弟は左腕を撃たれ倒れていましたが、日本の兵士に撃たれ頭を吹き飛ばされました。その全てを私は見ました。私は死んでいると思われたので、見逃され、こうして生き延びることができました。あの戦闘を生き延びたのは10人にも満たないと思われます。
 
 あの日から私は「いつフレ」のこともチクワブーのことも忘れてしまいました。そして日本の国防軍への復讐のために生きることを決意しました。後になって知りましたが、あれがあなたがたの国が海外で初めて武器を使用し、初めて外国人の命を奪った事件だったそうですね。しかも最初に大量に殺したのが軍人ではなく非戦闘員だったことであなたがたの国内で大問題になったと聞きました。その後すぐに、日本の国防軍の兵士が私たちの手で捕らえられ、拷問を受けた後、死体が街中を引きずり回された映像が流され、日本人は私たちを敵と見なすようになったということも聞きました。正直に言いますが、あの日本兵士に対するリンチに私は関わりました。彼を縛り首にしたのは私です。
 
 私たちの国の紛争がおさまるまでに25年かかりました。平和が訪れ、結婚し、子供を持ち、当たり前に仕事をするようになってしばらくしたある日、私は不意にチクワブーのことを思い出しました。それから日本のことを調べ、日本が西と東に分裂したことを知りました。その分裂のきっかけとなったのが、あの国連基地前の虐殺だったことを知りました。そして、続く私たちの報復があなたがたの国の世論を分断したことを。日本に対する憎悪が渦巻き、多くのテロが発生しました。とうとう原発が──恐らくはテロリストの手によって──暴走し、3基がメルトダウンし、広大な国土が住めない土地になったと聞きました。やがて内乱が起き、温和なはずの日本人同士が残酷な殺し合いをしたと聞きました。そう聞いても私はなんとも感じませんでした。それは私の国でも起こったことだし、世界のあちこちで今も起こっていることだからです。
 
 かつて私は日本に憧れました。いつか訪れたいと願っていました。次に私は日本を憎むようになりました。私の家族を残忍に殺し、私の人生を破壊した日本を決して許さないと思いました。やがて私は日本の惨状を知りました。惨状を知っても全く心が動かないことで、復讐を遂げたように感じたこともありました。
 
 それから何かが変わりました。
 
 何がきっかけかはわかりません。「いつフレ」の中のチクワブーが、その世界に来る前に、直前までいた平行世界は内戦状態の日本でした。彼女は戦乱状態の日本から、平和な2000年代の郊外都市に漂流したのです。他の生徒たちへの激しい憎悪と、平和で笑いに満ちた生活への憧れに引き裂かれながら、彼女は学園生活を送ります。今の日本は、まさにチクワブーが直前までいた世界です。私は東日本国にいるかもしれないチクワブーと会ってみたいと思うようになりました。もちろん、アニメの中の少女が実際にいるわけがありません。けれども、彼女と同じ思いを持つ日本の少女は実際にいるはずだと思います。
 
 国連平和維持軍の司令官としてやってきた人間が、アニメのヒロインを探しに来たと聞いて、あなたがたが侮辱されたと感じるだろうということはわかっています。けれどあえて私は言いたい。かつてあなたがたは豊かな想像力を持っていました。戦乱で傷つき憎悪と憧憬を持つ少女について想像し、描き出し、それを世界に届けることができました。
 
 それが今はどうです?
 
 チクワブーは平和な日本の秋学期を級友たちと過ごし、文化祭や修学旅行を体験し、徐々に心を開きます。けれどまもなく再び漂流が始まることに気づきます。そしてある日、いつも一緒にいる6人に全てを打ち明けます。彼らを憎んでいたこと、今は憎んでいるのかどうかよくわからなくなっていることを語ります。「行くなよ」という一人に対して、「また新しい私が来るわ」と答えます。「その私もあなた達を憎んでいるかもしれない。けれどその心は変わるということを、覚えていてほしい。たった3カ月でも、変わるはずのない思いが変わるということを私は知った」とかなんとか。最終回の一つ前、「時間の不思議」というタイトルの回でした。
 
 さて。あなたがたは今すぐにはお互いを許すことができないでしょう。私にもできませんでした。再び一つの国にまとまることも想像できないでしょう。もちろん二度と一つの国には戻れないかもしれません。けれど、もしもまだあなたがたに想像力が残っているなら、どうか想像してください。互いに憎しみ合わない、殺し合わない未来を想像してください。今すぐには無理かもしれません。けれども「時間の不思議」は本当にあります。アニメの中にもありましたが、アニメの中だけではありません。私の心の中にも起きました。これは、私自身が体験したことでもあるのです。
 
(「【時間の不思議】」ordered by 阿藤 智恵-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)
※注意:このエッセイはフィクションであり、 実在の人物・団体・事件・安保法案などとは一切関係ありません。
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