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そのとき自分はソンタグのように発言できるだろうか。(高階記)
2015年 09月 18日 (金) 07:19 | 編集
2001年9月11日の2日後に意見を書き6日後に掲載された記事で殺害予告までされたスーザン・ソンタグこそ最高の愛国者ではないかと高橋源一郎は書く。

これは高橋源一郎の『ぼくらの民主主義なんだぜ』を読みながら書き付けたメモ。スーザン・ソンタグが書いた内容は次のようなものだったらしい。

“まず、共に悲しもう。だが、みんなで一緒に愚か者になる必要はない。テロの実行者たちを「臆病者」と批判するが、そのことばは彼らにではなく、報復の恐れのない距離・高度から殺戮を行ってきた者(我らの軍隊)の方がふさわしい。欺瞞や妄言はなにも解決しない。現実を隠蔽する物言いは、成熟した民主国家の名を汚すものだ”

高橋源一郎によると“この発言は「団結」を乱すものとして、全米で憤激を巻き起こした”とある。ソンタグは売国奴と罵られ、殺害予告をされるまでに至ったが、滞在中だったベルリンからすぐにニューヨークに戻り発言を続けたそうだ。

自衛隊がいつかどこかの国で軍事行動をとる日が来るとして(その国は「反米」ではあるが「反日」ではなく、日本を攻撃する意図も持っていなかったとして)、報復の恐れのない距離・高度から殺戮を行ってしまうとして、憎悪が形成される。

やがて東京か名古屋か京都か大阪か、あるいは第二次世界大戦末期に原爆を落とされた広島や長崎にあたるような別な都市でテロが起きる。大勢の日本人や日本で暮らす人々が命を落とし怪我をし建物や財産や生活が破壊される。

そのとき自分はソンタグのように発言できるだろうか。そうありたいと思う。けれどもソンタグを罵る側にいるかもしれない。家族を殺され、大切にしていたものを壊され、憤怒にかられているかもしれない。そんなことをとりとめなく考え、そんな日がやってこないようにこそすべきなのではないかと考える。

そんな日がやってこないようにする最善の方法は何かと考える。
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