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4/10、未来を変えるラストチャンス(高階)
2011年 04月 09日 (土) 08:54 | 編集
大事なことに気づいたので書いておく。

4/10の選挙は未来を変えるラストチャンスかもしれない。

明日の選挙で何かが変わらなければ、
この国は未来永劫もうどうにも変わらないだろう。

自分自身や家族のために未来を選びとるなら今しかないし、
それは「どこかの誰か」が選んでくれるものではなく、
選挙権を持っているぼくらが自力で選び獲得するものだ。

     *     *     *

愉快な革命(仮)というカテゴリをつくった時には、
「そういう視点を持って未来を語るってのも乙なもんじゃないか?」
くらいに思っていた。興味深いネタが出てくればおいおい書いて行けばいい、
くらいに考えていた。

でもまあ、いまある状況をおもしろおかしく分析して、その上で
「もっとこんな風に変わると愉快なんじゃないか?」
なんて提案するのは高等技術だもんでなかなか書けずにいた。
結局このカテゴリの記事はいまだに4つくらいしかない。
お寒い限りだった。要するにのんびり構えていた。

だから、まさかこんなカタチで書くことになろうとは予想もしていなかった。

     *     *     *

3月11日の地震とそれに続く津波という天災、
天災により引き起こされた原発事故という人災、
その結果生じた放射能汚染による避難、出荷停止と風評被害による
一次産業へのダメージ、そして計画停電や節電に伴う町の景観の変化、
自粛ムードやデマの発生、どさくさに紛れた言論統制……。

まだ1か月経っていないが、めまぐるしくいろいろなことが起こり、
誰もが、そのひとつひとつを上手に整理できずにいる。
他の地方はもっと落ち着いているのだと思うが、
少なくとも首都圏あたりの人間の精神状態は、いわゆる
「蜂の巣をつついたような状態」だと言っていいだろう。

この1カ月のスーパーやコンビニの店頭を思い返してみよう。
まずおにぎりと菓子パンが棚から無くなり、
米が棚から無くなり(なぜかまたしてもトイレットペーパーも無くなり)、
水が棚から無くなり、カップ麺も棚から無くなり、牛乳も棚から無くなり、
いったん落ち着いたかと思ったら納豆が無くなり、ヨーグルトが無くなり、
そしていままた水が無くなろうとしている。

ぼくらはみんなして浮き足立っていて、
連続する余震におびえ、緊急地震速報にびくっとし、
痛ましいニュースに胸を痛め、海外での報道に一喜一憂し、
政府やら保安員やら安全委員会やら東京電力やら中国電力やらに腹を立て、
そして総じて浮き足立っている。狂躁状態にある。
躁と鬱の間をめまぐるしく行ったり来たりしてると言ってもいい。

だから頭の中はまとまらないし、意見だってまとめにくい。
でも、明日4/10、日本中で知事選挙やら市長選挙やら県議会選挙やら
市議会議員選挙やらが実施される。

ここで冒頭に書いた大事なことに戻ろう。

311の大きな災難と不幸を体験したいま、
ぼくらはひとつだけ希望を手にしている。

それは
「311以前のやり方に問題があったのなら、
 それを望ましいやり方に変えられるチャンスが来た」
ということだ。それが4/10に行われる選挙なのだ。

     *     *     *

原子力発電所の建設や管理の仕方、そもそも原発に依存する方針、
そういう判断を誰の手に委ねていたのかというぼくたち選挙民の問題、
もっと言えば大量の電気を消費するライフスタイルという前提などなど、
それら全てについて「311以前のままでいいのか」が問われていて、
問題があるなら、変える意思表示を今する必要がある。

4/10の選挙は「311以前のままでいいかどうか」を問う選挙になる。

地域ごとにさまざまな課題があることはわかっている。
けれども311を経験して最初の選挙で意思表示をしなければ、
「311以前のままでいいかどうか」への意思表示をしなければ、
二度とそのような変化を生むチャンスはない。

「想定外」という逃げ口上を使いたがる人たちのフレーズを借りれば
「千年に一度の災厄」を体験しても変われないのなら、
この国はこの先千年経っても変わりっこないと言うことだ。
そして、大変慌ただしいことではあるけれど、明日、そのチャンスがやって来る。

愉快な革命(仮)を提唱してきたぼくとしては、
(愉快からは、およそほど遠い状況ではあるけれど)
「変わろう」という意思表示をしたい。

そしてできれば多くの人が同じように考え、投票し、行動したらと願う。
変わる方向についてはいろいろな意見があるだろうからそこには踏み込まない。
(ぼく自身は、「その候補は脱原発について口先だけで言っているか本気か」
 で選ぶが、そういう方針は人それぞれでいいと思う。押し付けるものではない)
ただ投票をしないと言うことは「311以前のままでいい」と認めることになってしまう。

誰もが浮き足立っていて、頭をまとめる余裕がない中で行われる選挙だけど、
万一、そういう理由で投票所に足を運ばないとしたら、
ぼくらは未来を選ぶラストチャンスを失うことになる。

明日、2011年4月10日。
自分と、身近にいる大切な人のために未来を選びに行こう。
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