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【不定期連載メモ(2)】ハートの火を消すもの
2012年 10月 30日 (火) 11:00 | 編集
不定期連載、何をテーマに書くかはその時次第。

今日は考えさせられる記事を読んだので、それを素材に。
いまはまとめる時間がないので、まずはその記事にリンクをはっておく。

大川小説明会詳録(10月28日・1)

すごく大事な話だと思うし、またここで起こっている問題(大川小で起こった悲劇の背景、いまなお市教委が撮り続ける姿勢の問題)は、日本全国の(ひょっとすると世界中の)いろんな組織で起こりがちな問題だと思う。

それはまさしく「ハートの火を消す」力を持っている。そのことを書きたい。

記事中のポイントになる文章を抜き書くと

「大川小は職員集団に、余計なことをして失敗したり、めんどうになることが責められる雰囲気があり、このような局面においてもそれが優先し、組織としての判断基準になってしまったのです。」

「最初の「山は危険」「津波が来ないのにジタバタ動いて、何かあったら責任問題になる」という方針に縛られて、組織が硬直してしまった」

「様々な局面で「何かあったらめんどうなので、余計なことはしない」ということが多くありました。」

「今回のような事態においては、2年間で積み上げられた「事なかれ」的な雰囲気の影響は小さくありません。組織としては、いざというときの機能を失ってしまいます。」

このあたりだろうか。

     *     *     *

「余計なことをして失敗したり、めんどうになることが責められる雰囲気」というのは恐らくどこの組織にも大なり小なりあるのではなかろうか。わりとフツーなことに思われるだけに、見過ごされてその組織の文化・体質として定着しがちな気がする。

でもそれが招いた事態を見ると、その組織文化や体質は致命的だということがわかる(大川小の場合は比喩でなく致命的になってしまった)。何が問題なのかというと、「自分で考えない」「自分で判断しない」人間を増やしてしまうという点にある。

「事なかれ主義」というのは、組織がうまくまわっている時にはむしろ円滑にする働きをするので厄介なのだけれど、その組織は良くも悪くも変化することができないし、硬直してしまうので、周囲の環境が変わった時に対応できない。おまけに組織を構成する人たちは、「余計なことはしない」というルールを守っているため個人レベルでは判断を放棄してしまっているので、結果的に組織全体が滅びるのをどうすることもできない。

「事なかれ主義」という名の「ハートの火を消すシステム」は、ものすごくありふれた姿で、ありとあらゆる組織に存在している。組織を運営したり、導いたりする立場の人が意図的に「事なかれ主義」を払拭するようにつとめるか、あるいは「事なかれ主義」的な振る舞いが嫌われて、失敗を恐れず自分の考えたことにトライする振る舞いを歓迎するような風土や文化を築き上げる必要がある。おそらく何らかの働きかけがないと放置すると組織は「事なかれ主義」に陥りやすいのではないかと思う。

そしてそういう風土・文化・体質に身を置くと、人は自然とそれに合わせて振る舞うようになる。

     *     *     *

話が長くなるので今日はここまでにするが、「失敗したくないから最初の一歩を踏み出せない人たち」の話もここには関係して来る。「事なかれ主義」がどのように育まれるか、その根っこの一つは日本でよく見かける教育の問題でもあるはずなので、そのことも合わせて書きたい。次はいつになるかわからないけれども。
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