クリエイティブ・ユニットLENZのblogです。
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ポケモンGO日本初日の憂鬱(高階記)
2016年 07月 22日 (金) 21:05 | 編集
「ポケモンGOを研究して、ポケモンGOみたいな大ヒットゲームをいますぐつくれ!」と、号令をかけるアンポンタンな上司と、それを聞いて頭を抱えるゲームアプリ開発陣──というような情景がきっと世界中で展開されるんだろうなと思うと少し憂鬱になる。
 
「ポケモンGOみたいなゲームをつくれ!」とすでに口走ってしまった上司の皆さんと、週明けにそう言おうと思っていた上司の皆さんは、これを読んで猛省していただきたい。
 
   *
 
ポケモンもIngressも全く知らない人は、任天堂がたまたますんごい大ヒットゲームを開発したんだと思ってしまうかもしれないが、もちろんそれはとんでもない勘違いだ。
 
ポケモンには1996年の発売以来、紆余曲折はあったものの世界的な大ヒットゲーム・アニメ・映画etc.へと成長した20年超の歴史があり、そのファンだった子どもたち(上はもう35歳くらいから現役の子どもまで)と、子どもに付き合ったその親たち(上は60歳くらいまでいくだろう)と、「親子2世代×20年分」という膨大な数の、ファンと呼んでも差し支えない人々が、その世界観をあらかじめ理解している。
 
それに比べて、Ingressというスマホゲームは正式運用が2013年暮れと、わずか2年半しか歴史がないものの、その間、ユーザーと運営が協力しあって全世界500万カ所(たぶん)に「ポータル」と呼ばれる緯度経度情報を持つスポットを埋め込みまくった。ナイアンティック社は、そのGoogle Mapをベースにした地図情報を使ったゲーム用プラットフォームという強力な「インフラ」を持っている。これは誰にもすぐには真似できないし、どう転んでも太刀打ちできない財産だ。
 
全世界にかかえるポケモンファンとその周辺の人々、そしてナイアンティック社が持つ地図情報、そしてそれを使ってゲームとして遊ぶためのプラットフォームなくしては成立しない成功なのだ。スマホの中だけで完結するようなゲームとは背景が全く違うのだ。
 
でも「ポケモンGOってのがパッと出てきて大成功を収めた。ああいうのをやれ!作れ!」と言ってしまう人はそういうことを全く知らないし、理解もできない。丁寧に説明してもたぶん理解できない。言われた方は頭を抱えるしかない。
 
当分、その手のゲームデザイナー、アプリ開発者の憂鬱が続くことは間違いないだろう。
 
   *
 
ポケモン世代の子どもを持つ親であり、にわかIngressアディクトでもあるぼくは、しかし、全然別な理由でまだポケモンGOを使っていない。この数ヶ月間、ぼくにとってひそかな愉しみだったIngressのポータルが、何だかわからない熱を持った人々の溜まり場になってしまっているのかと考えただけでもうんざりしてしまう。だから今日はまだ何もしないまま家に引きこもっている。ぼくにはぼくの憂鬱があるのだ。
個人を徹底的に尊重&同調圧力への抵抗(高階記)
2016年 07月 07日 (木) 08:32 | 編集
ふと思いついて、ふと書き付けてみたら、自分の中がすっきり整理できた気がするので書き付けておく。

「多様な個人を徹底的に尊重する」のか「お上に反する個人の勝手は許さない」のか「その間のバランスをとる」のか。その価値観が問われている。目先の選挙に限らず、あれやこれや全ての一見複雑な争点はそれでだいたい説明がつくんじゃなかろうか。

教育もそう。防災もそう。外交もそう。信教もそう。表現もそう。居住や職業選択もそう。学問もそう。婚姻もそう。社会福祉や社会保障、公衆衛生みんなそう。放送・通信やエネルギーもみんなそう。たぶん、大きな問題になっていることも、つきつめて「そこに個人を尊重する姿勢はある? 同調圧力に従わせようとしてない?」という視点を持ち込むと整理しやすくなる。

ぼくが一番危険だと思う状態は「まわりに合わせろ」「普通になれ、普通にやれ」「空気を読め、自粛しろ」という同調圧力やら無言のプレッシャーが働く世の中。そっちに向かいそうな現象を全力で食い止める。それが基本方針かな。

「同調圧力反対」なので、もちろん異論反論コメント、大歓迎です。
ようこそLENZのブログへ(高階記)。
2015年 07月 11日 (土) 15:08 | 編集
たぶん、TEAM防災ジャパン経由でお越しのかたが増えるのではないかと思い、
長らくさぼっていたブログを久々に更新する。

TEAM防災ジャパンの「リレー寄稿」に登場することになって、
どう考えても周りのみなさんの活躍ぶりからするとそこに名前を連ねるのが恐れ多いので、
いったんは辞退しようかと思ったのだけれども、この機会に自分は何をしたいのか見直し、
「コピーライティングやファシリテーションができる防災士」だからこそできること、
役に立てることがあるのではないかと考え、厚かましくも原稿を寄せさせていただいた。
 
ぼく自身のベースはコピーライターであり、小説や演劇といった創作の物書きでもあり、
要するに「ことばの人」だ。行動力はからっきしだけれど、
誰に何をどう伝えるかということについてはそれなりの経験も知識もある。
 
防災の世界において「現場感の薄さ」は劣等感を覚えさせるものだけれど、
一方で「現場感は薄いが防災・減災に関心は高い」という、
ぼくみたいな人間も関われるようになると、日本の防災・減災の世界は、今よりも
ボリュームが増えるし、分厚く多様な形になっていくのでは?とも思う。
 
まずは日常的に、怖がることなく、油断することもなく、
当たり前に防災や減災を意識し行動する人を増やすこと。これを目標に、
身の丈にあった形で、得意な領域を生かしつつ、コツコツやってまいります。
もしも興味を持っていただけたなら、ゆるくネットワークして、ご一緒いたしましょう。

TEAM防災ジャパンってなに?という方は
 こちら→ TEAM防災ジャパン をどうぞ。
ぼくの寄稿文はこちら からどうぞ。
 
謹賀新年2015「チョロい感じで参ります」(高階記)
2015年 01月 02日 (金) 23:30 | 編集
あけましておめでとうございます。
 
今年もLENZをよろしくお願いいたします。

 
LENZの結成は2003年なので干支がぐるりと一周したことになります。LENZは未年生まれだったんですね(LLCの設立は2011年ですが、クリエイティブ・ユニットLENZはもう12年になります)。
 
2015年はチョロい感じでいこうかと考えています。
漢字で書くと「長老(ちょろ)い」となります。

辞書で「ちょろい」を引くと、「考え方などが安易だ。浅薄だ。甘っちょろい。」とか「容易だ。簡単だ。」とか「取るに足りない。つまらない。」などと書いてあってあまりいい印象はないのだけれど、漢字で「長老」をあててみると「長老い」となって、ありがたいのかふざけているのかよくわからなくなります。このよくわからない感じで行きたいのです。
 
2014年に、個人的には非常に重要だと感じたキーワードに「長老(elders)/エルダーシップ」というものがあります。これは「指導者(leader)/リーダーシップ」と対をなす概念で、詳しくはリンク先で読んでいただくとして、リーダーシップの行き詰まりを乗り越える人物像や、振る舞い方として大変魅力的なのです。
 
【参考リンク】指導者(リーダー:leader)と長老(エルダー:elder)の違いについて/『紛争の心理学』(A・ミンデル・講談社現代新書)より
 
ただ、「エルダー」とか「エルダーシップ」はなじみのない言葉ですし、日本語にした時の「長老」という響きにも権威主義的な印象や、さもなければ隠居でもしてそうな高齢者感が漂っていて、あまりしっくりきません。「顔役」とか「頭(かしら)」なんて言葉も考えましたがこれもちょっと違います。伝法で切った張ったの荒っぽい世界を想像させます。
 
ぼくが「エルダーシップ」の話を聞いていいなと感じたのは(あくまでも個人的にですが)、子どもだって条件がそろえば「エルダー」の役割を果たすことがある、という点です。激しく罵り合う両親に向かって小さな子どもが放つ一言が大人の対立構造を変化させることがありますが、その時その幼子はエルダーなのです。
 
年齢も肩書きも関係ない。よく聞く耳を持ち、予断も偏見もなく、トラブルメーカーや独裁者も含めたすべてから常に学ぼうとし、無理に導こうとせず、場の流れを大切にできれば、誰だって(ぼくもあなたも)今すぐにだって「エルダー」になれる。それがエルダーに惹かれる点です。もちろん「リーダーシップ」も重要だけれど、いまやそこに限界や綻びがあるのは明白で、それを補完する存在が必要です。本来、「エルダー」と「リーダー」の両者がそろってバランスが取れるのではないかと感じるわけです。
 
LENZとして、あるいは高階個人としてめざすのは「エルダー」なんですが、できれば「長老」のイメージにはしたくない。でも「顔役・頭」も違う。そこであくまでおふざけの言葉遊びとして思いついたのが「長老い(ちょろい)」というわけ。「リーダシップが行き詰まったらチョロくいこう!」というスタンスです。
 
チャラ男なんて言葉があるので、チョロ男をめざしてもいい。これが実際の仕事の現場でどう働いてくれるのか未知数ではありますが、考えてみればぼくが関わるクリエイティブ・ミーティングの現場はすでにだいたいこの「チョロさ」が基調になっているような気もします。誰がぐいぐい引っ張るのでなくても場が動いて思いがけない展開が訪れる。そんな現場を昨年は多く体験できました。それを踏まえて2015年は、いよいよ意識的にチョロい方法論を試す年になりそうです。
 
ナンノコッチャのご挨拶ですが、ご興味のある方はお声がけください。経年劣化した「20世紀頭」を拭い去る「チョロさ」のすごみを体験していただけると思いますので。
秘境・鶯谷探検記(高階記)
2014年 07月 30日 (水) 10:00 | 編集
              最後の異界
先日うろうろした時に見たもの、遭遇したもの、『東京最後の異界 鶯谷』を読みながら知ったこと、いろいろ面白いのでメモりまくることにした。

例えば鶯谷には明治以降の各時代の文化人の痕跡が色濃く残っている。「子規庵」は正岡子規が最期を迎えた家。道を挟んで「書道博物館」は書家・洋画家の中村不折のコレクション。中村不折は漱石の『吾輩は猫である』の挿画や日本盛のラベル、新宿中村屋の看板文字などポップシーンでも活躍している。同じブロックの裏側「ねぎし三平堂」は林家三平の家を改装した記念博物館。西村賢太がしばしばエッセイに名を書く居酒屋「信濃路」もこのあたりにあるという。江戸川乱歩『陰獣』の舞台として出てくる根岸の御行(おぎょう)の松もこの近辺。

濃いでしょ? なにしろすぐ近くに芸大もあるし帝大もほど遠からぬ場所だったわけで文化の香り高いのもうなずける。

そして一方ではアジア的なカオスの雰囲気をたたえるラブホテル街が駅前線路沿いにひしめきあっている。あらゆる需要に応えるデリヘルのメッカなのだそうだ。それを印象づけられたのは、訪れるたびに他の土地では会ったことがないような重量感あふれる女性がセクシーな服を着て何人も闊歩しているのに出会うこと。それが太陽が垂直に照りつける昼の真っ盛りであっても。

本の受け売りで言えば、山手線を挟んで内側は上野は東叡山寛永寺の霊園が、外側には北口ホテル街がみごとに対をなしている。本では「エロスとタナトス」と言っているがまさにまさに。生(性)と死、俗と聖、煩悩と涅槃、生まれる前と死んだ後、あまりにも対照的。

今回公演『おこめ』(http://www.suna-no-ue.com/cn9/ocome_2.html)の会場に利用する「東京キネマ倶楽部」は元々グランドキャバレーだったわけだし、今も同業のホールが近所では目につく。一方で、近くを歩けば入谷鬼子母神、小野照崎神社、元三島神社などそれぞれ物語をもった神社仏閣が点在している。

先日来紹介している豆富料理の「根ぎし笹乃雪」さん(http://www.sasanoyuki.com/)をはじめとした飲食店やお菓子屋さんも、いくつか訪れたけど、それぞれに個性あふれる感じでいいんです。メモ代わりにざざっと挙げると……

手児奈せんべい(せんべい)
 http://tabelog.com/tokyo/A1311/A131104/13131223/
グリル ビクトリヤ(洋食)
 http://www7.plala.or.jp/g-victoriya/
竹隆庵 岡埜(和菓子)
 http://nttbj.itp.ne.jp/0338734617/index.html
五感キッチン(カレー)
 http://tabelog.com/tokyo/A1311/A131104/13153688/
1-Point(カフェバー・ドッグカフェ)
 http://tabelog.com/tokyo/A1311/A131104/13142535/
レストラン 香味屋(洋食・かみや)
 http://www.kami-ya.co.jp/
舌焼亭 TANYATEI(牛タン)
 http://tabelog.com/tokyo/A1311/A131104/13039744/
DEN(カフェ・グラパン)
 http://tabelog.com/tokyo/A1311/A131104/13041212/
コーヒー店ジャン(コーヒー)
 http://tabelog.com/tokyo/A1311/A131104/13155190/
きみはん(江戸前煮干中華そば)
 http://www.tetsu102.com/brands/kimihan/
イリヤプラスカフェ(カフェ)
 http://www.imadoworks.com/iriyaplus/
鍵屋(居酒屋)
 http://tabelog.com/tokyo/A1311/A131104/13003743/
 (このブログ記事もオススメ)http://rikueri.hatenablog.jp/entry/2013/12/06/061930

これらはほんの一握りなんです。山手線で最も乗降客数の少ない鶯谷。どうも発掘のしがいがありそうです。

そんな鶯谷を訪れる絶好の機会が8/28-31にあります。いますぐご予約を!→砂の上の企画特別公演『おこめ』について http://www.suna-no-ue.com/cn9/ocome_2.html

今回ぼくは、作も演出も出演もしていませんが「この土地の、この会場で、この公演を、食を、音楽をできるだけ多くの人に体験してもらうこと」そのものが自分の作品だと思って取り組んでいます。

会場でお待ちしています。夏の終わりの一日、ぜひこの不思議な異界を町歩きして、飲んで食べて笑って泣いて楽しんでいってください。
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