クリエイティブ・ユニットLENZのblogです。
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近況報告:大荒れ?の週末を前に(高階記)
2014年 02月 07日 (金) 11:20 | 編集
PARADISE M_01_m


本日の東京は快晴ですが、
何やら週末は大荒れになるのだそうで。

いえ、比喩ではなく、都心でも雪が降ったり積もったりするかも?とのことで、
いろいろな意味で、期待と不安のいりまじる立春過ぎ。空気がぴりりと冷たい
今日この頃、みなさまいかがお過ごしでしょうか?

前おきが長くなりましたが、1カ月ぶりです高階です。

2年ぶりのオススメ公演『パラダイス・モーテル』のご案内と、
1月末に世の中に出た新聞企画のご紹介と、
こっそりですが明日、不肖高階が出演する公演企画のご案内をお送りします。


     *     *     *


(1)まずイチオシは、いつもご案内しているシリーズ公演から。

 シリーズ公演「阿部一徳の ちょっといい話 してあげる」のvol.32
 『パラダイス・モーテル』の上演が間近となっています。
 東京公演(2/14-16)、静岡公演(2/22)の日程です。

 シリーズ最新作にして、新境地を開拓した傑作です。
 お時間のある方は是非お運びください。会場でお会いできるのを楽しみにしています。

 →詳細はリンク先か、または高階に直接お問い合わせください。
 http://members3.jcom.home.ne.jp/a.ka/T1.htm

     ★

(2)朝日新聞PR版「未来にギフト」号を企画制作

 1/26の日曜日の朝日新聞に「号外」っぽいう顔つきのPR版が一緒に入っていたのを
 ご記憶の方はおられるでしょうか?

 この12ページの紙面を、信頼できる仲間たちと一緒に作成しました。
 今年135周年の朝日新聞さんの歴史をひもといたり、
 「これからの新聞ってどういう存在だといいんだろう?」
 なんてがっつり議論したりしながら、楽しく真面目につくりました。
 「もう回収しちゃったよ!」という方も多いかもしれませんが、もしもお手元に
 残っていたらぜひちらっとご覧ください。朝日新聞社さんのご好意で
 1ページ目の片隅に「LENZ」や仲間たちの名前もクレジットさせていただきました。

     ★

(3)これはもうスルーしていただいていいんですが(笑)
 
 明日2/8の24:00(東京都知事選挙の2/9の0:00から)開演する
 『真夜中のSTYLE』という公演に出演します。はい。一役者として出演します。

 ぼくももう50歳で、すっかり早寝早起きのおじいちゃん体質なので、
 そんな時間に自分が起きて演技していることが考えられないんですが、
 でもまあ、やります。やる羽目になっています。せっせとセリフを入れて
 せっせと稽古をする日々です(笑)。

 雪にも、寒さにも、眠さにも、不摂生にも負けないという
 鉄の意志を持った方に限り、お誘いします。
 よろしければご来場くださいませ。終演後は朝までおしゃべりしましょう。

 企画としてはまじめなチャリティー公演なのですが、
 「真夜中版」と言うことで出演者はみなさんディープなコンテンツのようです。
 ぼくも人前では決して声に出して練習できないようなセリフと日々格闘しています。

 http://stage.corich.jp/stage_detail.php?stage_id=52880


     *     *     *


今年はこの先にもご報告したいことがいろいろありそうな予感があります。
折々の近況報告、お目汚しですが、ご笑覧いただければ幸いです。

PARADISE M_02_m
新たなライフワークを発見?(高階記)
2013年 04月 12日 (金) 01:44 | 編集
畏友・本田秀夫氏が初めて一般向けの本を上梓した。
自閉症スペクトラム──10人に1人が抱える「生きづらさ」の正体』(ソフトバンク新書)がそれだ。

著者の本田秀夫氏とはほぼ40年来の友人だ。出会ったのは小学生時代に通っていた塾。以来、中学、高校、大学と同窓で、教養学部時代にはもう一人を加えて3人でルームシェアをしていた時期もある(もっとも当時はルームシェアなんてシャレた言葉はなかったが)。

大学卒業後は別な道に進んだこともあり(特にぼくがわかりやすく道をはずれたこともあり)、なかなか会う機会がなくなっていたが、卒業後10年を過ぎたあたりからだったか、ルームシェアをしていた3人で年に1度か2度ばかり集まるようになった。

その頃には「本田君」は経験を積んだ精神科医の「本田先生」になっていて、その専門領域の話は道を踏み外したぼくにとっても常に興味津々でいつも考えさせられたり、刺激を受けたりすることが多かった。病気とは何か。健常とは何か。その境目はどこかに引けるのか。ひょっとしたら境界線など本当はどこにもなくゆるやかにグラデーションのようにつながっているのではないか。そんな議論を90年代の半ばごろにはもう聞かせてもらっていた。

彼の専門が発達で、小児はもとより我々と同世代くらいまで患者さんとして担当していると知って驚いた。引きこもりという言葉が広まりつつある頃に、当時の多くの人がイメージしていた「思春期の問題」どころではなく、30歳になっても40歳になっても引きこもりという問題は起きているのだと教えてもらったことも覚えている。

アスペルガー症候群という言葉を初めて教わったのも彼からだった。これまた世の中でその名前が広まるよりもずいぶん前だったように記憶している。それもそのはずで、まだ日本でその病名があまり知られていない時期から,彼は既にしてアスペルガー症候群の数少ない専門家の一人だったのだ。

本田先生(ふだんお互いのメールでは高階、本田と呼び捨てにし合っているのだけれど、ここではちょっとかしこまってみよう)もぼくも、学歴は典型的な高偏差値の学校を渡り歩いてきた。ある時アスペルガー症候群を含む自閉症スペクトラムと言う概念の説明を聞かせてもらっているとき、ぼくはふと気づいて恐る恐る聞いてみた。

「おれ、たぶん、自分自身がそのスペクトラムとかに当てはまってると思うんだけど」

すると本田先生は我が意を得たりとばかりに、にやりと笑って教えてくれた。

「受験校にはかなり高いパーセンテージでアスペルガーや自閉症スペクトラムがいても不思議じゃない。高階も当てはまるだろうし、おれも当てはまる。自閉症スペクトラムの大部分は医者にかかることもなく割とそれなりに社会に適応してやっている。ちょっと変わり者くらいに思われている人が多いけど」

それを聞いていろいろ納得することがあり、その後、自閉症スペクトラムについて話を聞く時には非常に親近感のような感覚を持つようになった。テーマが「我がこと」となったわけである。だから近著『自閉症スペクトラム』が出版された時には、読む前から「これはおれの取説だ」などと半ば冗談めかして言っていたのだが、一読してそれが冗談どころかあまりにも適確なたとえだと感じた。

例えばそれはこういうことだ。

本の中にこんなくだりがある。ぼくの勝手な意訳で書いてしまうが、自閉症スペクトラムというのは言ってみれば少数民族のようなものらしい。本には「人種」とあるが、「種族」と言ってもいいだろう。彼らの多くは(「ぼくらの多くは」と言ってもいい)、例えば「大人への挨拶」をなかなか覚えない。そうでないマジョリティは幼稚園とか小学校くらいで「大人への挨拶」をマスターする。その時期に彼ら(ぼくら)はマスターできない。中学生くらいになるといきなり身につけられるようになる。そういう種族なのだ。単にちょっと時期がズレるだけなのだ。

でも今の世の中では「ちょっと時期がずれるからしょうがない」というわけに行かない。「どうしてこの子は小学●年生にもなって挨拶もできないの?」と親も先生も悩み、時には頭を押さえつけたり、怒鳴りつけたりする。本人も怒られたりするから「自分はダメだ」と思い、保護者も引け目に感じ、先生も無力感に襲われる。そして全員が怒りや哀しみや自己否定を味わう。

本当は「小学校まではできないけど中学校になったらできる」というルールで物事が進んでいるのだから、「小学校まで大人に挨拶できない」ということにおろおろしても仕方がないのに、世の中にはそういう風に思える人はいまのところほとんどいない。ルールを知ってしまうと、怒ることも傷付くことも不毛なエネルギーの浪費なのだけれど、実際にはみんなそういう負の状態に落ち込んでしまう。

もしも「小学校まではできないが中学に入ればできる」というルールを社会全体が知っていれば、何もやきもきする必要はなくみんな穏やかな気持で過ごせるはずの話だ。ぼく自身はそこまで劇的にズレていたという自覚はないが、まわりから見ればきっといろいろ違和感があっただろう。それもこれも「そういう種族だから」で了解できていればあれこれ見当はずれな推測をしたり案じたりせずに済んだわけだ。

     *     *     *

日常暮らして行く分にはとりたてて大きな問題がなく、社会生活も営める人(例えばぼくや本田先生)も含めると、自閉症スペクトラムは10人に1人はいるらしい。社会的な弱者ばかりとは限らず、圧倒的な集中力で偉大な成果を上げる研究者やプログラマ、思い込んだ道を突っ走ってのし上がるワンマンタイプの企業経営者みたいな、いわゆる“成功者”も数多くいる。

そういう人は、ほとんど生活に支障がないけれどコミュニケーションに関して周囲との間にズレや摩擦を生じている可能性は高い。それが原因で本人がストレスをかかえこむこともあれば、まわりがストレスを抱え込むこともある。まわりから変人扱いされて浮いてしまったりいじめられたりする自閉症スペクトラムもいるだろうし、自閉症スペクトラムの上司を持って翻弄されて理不尽な思いに鬱々とする部下たちもいるだろう。

10人に1人いるということは、荒っぽく言ってしまえば、周囲の10人の大半がそのコミュニケーションのズレ問題に巻き込まれているはずだ。でも、もしその人たちのみんなが、さきほど書いたような「ルール」をあらかじめ知っていて、少しでも円滑にコミュニケーションを進めるコツ・TIPSのようなものを身につけていれば、無用なストレスはずいぶん緩和され円滑な意思疎通ができるようになるはずだ。

それは、世の中をずいぶん住みやすく変えることになるのではなかろうか。

ストレスを減らすことができれば、自閉症スペクトラムの人たちが二次的に鬱病や心身症などを発症するのを減らすことができるし、周囲の人についても同様にストレスが原因の疾患にかからずに済むようにできるはずだ。そんなことを考え、ぼくはこの『自閉症スペクトラム』をネタ本に、世の中のコミュニケーションを少しばかりマシなものにすることができるのではないかと考え始めた。まさにそのタイミングで「ミューズ音楽院で本田先生の講演会を開きたいが、手伝ってもらえないか」という問い合わせをもらった。ぼくにとっては渡りに船の話だったので、一も二もなく引き受けた。詳しい情報はミューズ音楽院のサイトを見てください。6/1の午後14時ごろ開講する予定です。ぼくもインタビュアーとして登壇します。

世界がちょっと住み良い場所に変わることに関われるのなら望外の喜びです。どうぞ遊びに来てください。


(追記)
公開講座のUatreamをご覧いただけます。どうぞ!

公開講座「自閉症スペクトラムという『個性』を見つけて伸ばす教育へ」2013.06.01
【12月11日寄付のご報告】復幸支援企画第2弾「ポストカード」(高階記)
2012年 12月 11日 (火) 10:59 | 編集
4月に販売を開始した「祈りのポストカード」の売り上げを12月10日で締めて、ふたたびふんばろう東日本支援プロジェクトの「企業寄付班」に8300円也寄付しました。6月に寄付した16,800円と合わせて25,000円ばかりと金額こそいたって些細ではありますが、期待しているのはわたしたちの手を離れてから先です。

お買い上げいただいたその時に「よし買おう」と考えていただいたお気持ちも、もちろんありがたいですし、この先ポストカードを使うとき、そしてそれを相手が受け取るときに、ポストカードがきっかけで、何かのつながりが生まれるのではないかと期待し、少しでもあたたかいやりとりがあればと祈っています。

お買い上げいただいたみなさん、ありがとうございました!

inori_postcard_kifu1210.jpgFumbarou.jpg


取り急ぎの御礼とご報告まで。

ポストカードは残りごく僅かですが、あります。LENZの3人に直接お声掛けください。
もしもたくさん欲しい!という方がおられる場合は、新たに追加で制作しますので気軽にご相談ください。
ポストカード、これで終わらせるのはもったいないので、続けて行く方法がないか考えています。

アイディアもお寄せいただけると嬉しいです。
LENZうろ覚えシネマ上映会@MAREBITO(高階記)
2012年 10月 14日 (日) 17:42 | 編集
カッコーの巣の上で

先日、LENZ3人が久しぶりに集まって飲む機会があり、
飲みながらじっくり話をしていて、MAREBITOを会場に使った
ちょっと面白い企画を始めることにしました。

ものすご〜くザックリしたプラン(というほどでもない)をお知らせすると、

 11月に
 MAREBITOで
 映画『カッコーの巣の上で』を観ながら
 飲んだり食べたりしゃべったりする。

というだけのもの。
そんなノリの「上映つき飲み会」を月一くらいでできるといいね、と話しています。

出発点は、とりとめもなくしゃべっていて映画の話になり、
「『カッコーの巣の上で』ってどんな映画だっけ」
「こんなシーンを覚えている」
「そんなシーンあったっけ」
「映画に直接関係ないけどこんな思い出がある」
「カッコーの巣の上で、けっこーうろ覚えだね」
なんて話すうちに「じゃ、一緒に見てみるか」と盛り上がったのがきっかけ。

なので3人で酒飲みながら『カッコーの巣の上で』を観るというのが基本形。
他に参加者がいてもいなくてもやるということです。

「でも、どうせMAREBITOの壁面に大きく映すなら
 3人だけで観るのはもったいないかな」
「もしも、こういう趣旨の会で観たいって人がいたら
 一緒に観た方がおもしろいかも」
「いいねえ。その方がきっと楽しいし!」

という、実にゆるくて安直な酒飲みばなしがきっかけの企画です。
よろしければ遊びに来てください(まだ何にも決まってませんけど)。

最初はたぶん、そんなに大がかりにはやりません(というか、やれません)が、
月一くらいで続けるうちに面白い形で盛り上げていけそうなら、
ひょっとしたら、だんだん大がかりになるかもしれません。

そんな“成長”の過程も含めて、
 見守ったり、
 参加したり、
 ちょっかい出したり、
していただければぼくらとしてはとても嬉しいです。
現場には来ないけど、次の映画をオススメする!
なんて形の参加方法もあるかもしれません。

あなたなら、みんなと一緒に観るなら、どんな映画を観たいですか?
【寄付のご報告】復幸支援企画第2弾「ポストカード」(高階記)
2012年 06月 28日 (木) 09:47 | 編集
        ポストカードふんばろう寄付     祈りのポストカード


ご報告が遅れました!

4月に販売を開始した「祈りのポストカード」の売り上げを5月末でいったん中締めして、
ふんばろう東日本支援プロジェクトの「企業寄付班」に16,800円也を寄付しました!(別プロジェクトですが、Sudden Fiction Projectで販売しているチャリティ本『ぼくが今ここにいる意味』の今年になってからの売り上げ4冊分+αも合わせて寄付しました)

「企業寄付班」のページを見ていただくとわかるように「※お振込人名の前にオオグチキフと入れてください。」なんて書いてあるので、焦りながら「全然オオグチじゃないんですけど」とおそるおそる問い合わせたところ、「大口じゃなくても大丈夫です」という親切なご回答をいただけ、無事に振り込みました。

なので、個人事業者さんなどで、ぼくらと同じように「うちは大口じゃないけどなあ」なんてためらっている方は、心配せずにご利用ください。LENZが身をもって恥を忍んで体当たり質問して確認しましたので(笑)。

「寄付金の使用用途についてもご相談頂けますようお願い申し上げます。」とあるので、希望として「学習支援プロジェクト」を支援したい意思をお伝えしました。

ポストカードの販売はまだまだ続けたいと思っています。

カード1枚あたり50円を寄付することもポイントですが、何よりもポストカードは実際に使っていただいて、被災地に暮らす人と離れた場所に暮らす人がつながること、あるいは「おだいじに」と誰かを思いやりたい人、「ありがとう」と感謝したい人などがメッセージカードとして使うことにこそ主眼を置いています。

ともすると「この件についてお前の意見はあっちか、こっちか」みたいに分断が進むいまだからこそ、「祈」「笑」「また明日」というような基本的なメッセージで繋がり合うことも大事にしたいと思います。とても声の小さな、とても弱い場所からの活動ですが、しぶとく続ければ意外と地力になるんじゃないかと期待しています。

明るい日をたくさん迎えられるよう、祈りを込めて。

5枚入りセットをお求めの方には遠隔地でも送料無料でお届けします。
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